「運動が引き起こす筋の痙攣」
青森県立保健大学副学長
聖マリアンナ医科大学客員教授 吉岡利忠
こむら返りに代表される筋の痙攣をを経験した人は9割以上に達し、その発生は運動時だけでなく日常動作中や睡眠中にも見られる。痙攣が起こる部位は、下腿が多く、次いで上肢、体躯と続く,水泳は上肢、下肢とも同じように動かすが、水泳中の痙攣は下肢に多いということを考えても下肢筋に痙攣が生じやすい機構が存在する。筋の痙攣には運動神経と感覚神経が関与する反射機構が深く関わっており、下肢筋ではこの反射がよく発達しており、痙攣がよく発生する部位となっている。
痙攣発生の機構と原因
筋力を見積もることができる感覚器(固有感覚受容器)が筋組織内に存在しており、筋紡錘と言われる。筋紡錘は、長さおおよそ3-5mmであり骨格筋繊維と並列に配置されていて「筋の長さ」を検出している。ここから感覚神経が出て、筋が引き伸ばされることによりその情報を中枢に送る。この反射は伸張反射に見られ、筋肉が急激に引き伸ばされることによって、引き伸ばされた筋肉が反射的に収縮するという姿勢を維持するために働いている。
また、腱にはもう1つの感覚器があり、腱器官(ゴルジ器官、GTO)といい、「筋の張力」を感知する。筋紡錘と異なり骨格筋繊維と直列に配置されている。ここからの情報は、筋収縮を抑制して伸長反射を弱め、運動・感覚神経を介して筋や腱が断裂しないようにしている。筋紡錘や腱器官の働きが平衡状態にある時は、からだの姿勢が維持されると共に運動に伴う筋収縮が円滑に遂行される。ここで、何らかの原因でこれらの固有感覚受容器、特に筋紡錘の閾値が変化すると筋内の収縮が継続して筋痙攣を起こすことになる。痙攣が起きやすい状態は
1.運動単位(運動神経)の興奮
2.筋の長さが短縮している時
3.疲労
4.脱水状態
5.不自然な姿勢
6.激運動
7.低・高温時
8.ウォームアップ不足
などであり、組織や細胞レベルで見ると、筋収縮エネルギー不足、組織の虚血、酸素不足、代謝産物の蓄積、乳酸の蓄積、グリコーゲン分解酵素の欠損、低カルシウム(Ca)、低ナトリウム(Na〉、低クロール(Cl)、高カリウム(K)、低マグネシウム(Mg)などである。
痙攣の予防と対処
競技者や運動家に対する効果的な痙攣の予防は、
1.脱水にならないように適切な水分(ミネラルを充分含むスポーツ飲料など)の補給
2.一日に必要な量のカリウム、ナトリウム、カルシウム、マグネシウムの摂取
3.血液循環を阻止するような衣服を着ないこと
4.徐々に運動強度を上げていくこと
5.ストレッチを運動前後に遂行すること
6.運動中に急激な体位変換をして筋肉に衝撃を与えない
ことなどである。
痙攣の対処には、反射機構を利用して、筋肉をゆっくりストレッチすることや腱を強く引き伸ばすこと、マッサージすること、温湿布することなどであるが、多くの現場でやられていることである。
「テニス競技における筋痙攣に関する調査研究」及びデ杯・各大会での症例報告
横浜国立大学 蝶間林利男
テニス競技のパフォーマンスを損なう要因のひとつとして、試合中の筋痙攣(muscle
cramps) がある。これは、男子国別対抗戦のデビスカップ戦や大学対抗戦でも時々見られるが、長時間続く激しい動きによる疲労、炎暑、寒冷などのほか精神的緊張やプレー後の急速な身体冷却などによって生起すると考えられている。しかし、これといった決定的な予防策はないのが現状である。今回、日本テニス協会医・科学委員会が平成10年度に全日本テニス選手権大会に出場した一般男女、35歳以上40歳以上男女計271名に対して行った筋痙攣の実態調査について報告する。
1、 テニスプレーヤーの筋痙攣の実態をアンケートによって調査
全日本選手権出場選手男女271名を対象として、
・ 身体特性、
・ 痙攣経験の有無、
・ 発生状況、発生部位、
・ 季節、外気温など環境要因、
・ 水分補給、
・ トレーニング状況、
・ プレースタイル、
・ 食事など 48項目
2、 筋痙攣の発生状況の把握
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痙攣は、夏、暑いときに疲労の蓄積とともに試合中、ふくらはぎから大腿部にかけて起こりやすい、といわれているが、本調査でも「痙攣を起こした時期は夏、暑いときが約半数を占め」それを裏付ける結果が得られた。 |
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「試合になると手に汗をかきやすい」人に筋痙攣が多い傾向がある。これは、デ杯戦やリーグ戦など国や大学の名誉がかかった試合では勝たなくてはならないという、プレッシャーから筋痙攣が誘発されるという従来の説を支持する結果が得られた。 |
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85%の人が痙攣時には疲労感を感じていた。 |
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水分補給に関しては、十分とっていた27%、普通にとっていた63%という結果となり、脱水によってのみ痙攣は起こるということはなく、発汗による電解質の排出や乳酸の産生、外気温など他の要因が考えられることを示唆している。 |
3、 予防と対策
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テニスは、前傾姿勢で長時間にわたって爪先立ち状態で前後、左右、上下に激しく動く競技特性があるので、腓腹筋や大腿四頭筋などを酷使する傾向にある。痙攣の好発部位もこれらの筋に偏っているので日ごろからストレッチィングを励行し、カーフ・レイズやレッグ・エクステンションなど下肢のトレーニング・強化を図っておくことが重要である。 |
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規則正しい食生活、練習時の水分や栄養、体調管理の習慣を身につけることも重要だ。 |
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日常の練習では試合を想定して行い、思考を柔軟にし「楽しみ」を持ってテニスをする気持ちを忘れてはならない。 |
テニスコート上での環境温度と熱中症について
大阪体育大学教授 梅林 薫
今年の4月に『JTA強化指導指針-トップへの道-2002年版』が出された。一貫指導システムを構築しながら、中長期的な目標を達成するために、ジュニア層の戦略的な育成・強化を推進していくことが述べられている。低年齢からトップへと、しっかりとした考えで、また指導者の共通理解を持ちながら選手を育成していくことが重要となる。パフォーマンスを高めるためには、技術、体力、メンタル、の3要素を効果的にトレーニングすることが大切であり、またパフォーマンスを発揮する場である、試合(トーナメント)のあり方も重要である。テニスは、他のスポーツと違って、コートの条件が、一定ではない。サーフェイスの問題であるが、ハード、クレー、オムニ、芝などがあり、それぞれの環境に対応しなければならないのも特色である。また環境温度によっても、試合でのコンディションもかなり違ってくる。ジュニア選手の試合においては、全国レベルの大会が、夏の暑い時期に行われている。夏休み期間ということで、この時期になっているが、8月に集中している。1年で最も暑い環境での大会であり、今回は、暑熱環境下で行われている大会について、環境温度を測定し、その実態を把握することを目的とした。対象の大会は、2001年の8月に行われた全国中学校テニス選手権大会(広島県)、全日本ジュニアテニス選手権大会(宮崎県)、2002年の8月に行われた全日本ジュニアテニス選手権(大阪府)の3つである。3大会とも、コート上でWBGT(暑熱環境計)を用いて、環境温度を基本的には、9時から17時までに時間について1時間ごと測定を行った。コートの条件では、全国中学校はハードコート、宮崎県での全日本ジュニアはオムニコート、大阪府での全日本ジュニアは、ハードコートとアンツーカーコートであった。
熱中症事故の予防ガイドでは、WBGT温度が31℃を越えると、原則として運動は中止ということになっている。8月の中旬(18日以降)に行われた全国中学校の大会では、会場である広島広域公園コートは、少し標高の高いところで行われており、また山間部であり、風の影響もあり、WBGT温度31℃を越えることは、あまり見られなかった。8月上旬に行われた、全日本ジュニアでは、2001年の宮崎県、2002年の大阪府の2大会ともWBGT温度が31℃を越えていた。9時から17時まで連続して越えていた日もあり、この時期の大会においては、注意を要することが伺える。宮崎県での大会では、10時20分ごろに熱中症で倒れ、病院で治療されている。また14時ごろには熱痙攣の選手があり、この選手についても、病院へ行き、点滴を打つという また大阪府で行われた全日本ジュニアの大会では、会場が2つに分かれ、それぞれアンツーカーコートとハードで試合が行われた。同日同時刻でWBGTを測定した結果では、アンツーカーコートの条件の方が、高い傾向を示していた。これについては、周囲の環境等の違いもあるが、両コートでもWBGT温度が31℃を越えており、注意が必要である。
これらの傾向をみると、8月の試合においては、特に晴天時においては、熱中症になる危険性も高く、水分補給や影(木陰)等で十分に休むこと、そして栄養をしっかりととることなどを選手に徹底していくことが、予防につながると感じている。
また、全国大会が、この時期に集中していることより、大会に主催者側も十分に熱中症対策について配慮する必要があると思われる。高校生の大会については、インターハイ(全国高校テニス選手権大会)と全日本ジュニアテニス選手権大会が連続して行われていることより、暑熱環境での過酷な試合条件だけではなく、大会での疲労も大きくかかわっていくるものと思われる。今後は、大会のスケジュールの問題も含めて、検討すべきであろうと考える。
「熟中症としての筋肉痙攣と予防対策」
及能内科クリニック院長 及能茂道
筋肉痙攣は病名ではなく症状であり、臨床医学では運動中の筋肉痙撃の成因について明確な結論はない。こむら返りは中高年者が就寝中にもしばしば経験するように、激しい運動中とは眼らないが、プレー中のこむら返りは試合を余儀なくされる事故の代表である。筋肉痙攣は最も酷使される筋肉から起こることが多いので、テニスではふくらはぎに起こるこむら返りが圧側的に多い。
筋肉痙攣の直接の原因は局所的な筋肉の過労といえる。その誘因はトレーニング不足やコンディションづくりの失敗に困ることが多い。筋肉痙攣は暑さにまだ慣れていない夏の初めに起こることが多く、熟中症の部分症状とみなされるが、筋肉痙攣は熱中症とは関連のない状況でもしばしば突発する。
テニスのような低い強度の長時間の筋肉運動では、初めは未梢性疲労が優先するが、中枢性疲労が顕著に加わってくる。テニスではボールに反応して動機づけをして、企画、プログラムされた大脳からの指令が脊髄を介して未梢の筋肉で実行に移される。また、筋肉からの信号も脊髄にフィードバックされて巧みな運勤が可能となる。中枢性疲労とはこの脊髄のコンピューターの乱れで、筋肉が言うことを聞かなくなって勝手に収縮しっぱなしの状態に陥るのがこむら返りである。こむら返りのように一旦筋肉が固く収縮するとプレー継続は難かしくなるので、少しでもひきつれを感じたら早めにふくらはぎを伸ばすストレッチをして脊髄のコンピューターを正常に戻すことが重要である。また、精神的緊張も疲労を増し、特に団体戦などで日ごろにない応援を受けた選手が、過度の輿奮や不安、緊張のあまり過換気症候群を起こして痙攣につながる例もある。
日本体育協会は「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」を発表して事故防止に努めているが、スポーツ医学の先進国のアメリカでも選手の筋肉痙攣と熟中症対策は長年の課題である。テニスは他の団体競技と違って具体的に予防対策をとりやすい競技なので、熟中症を理解して、無知と無理でおこる熟中症の事故をなくしたい。
最近ATPでも積極的に選手に熱中症対策の周知を徹底して行っている。また、環境温度が何度であっても、選手が危険な状況に陥った時には、大会のスーパーバイザーは休憩させたり、試合を中止する権限をもつべきであると提言している。
ATPが掲示している具体的な予防対策の内容は
① 試合前夜に充分水分を摂取する。
② カフェインやアルコール飲料をさける。
③ 試合前に尿の回数や色を確認する。
④ チェンジオーパーのたびに水分を摂取する。
⑤ 自いゆったりめのウエアーを着る。
⑥ 白い帽子を被る。・
⑦ 濡れたシャッをまめに着替える。
⑧ 氷で冷やしたタオルとできれば扇風機を用意する。
筋肉痙攣の誘因は脱水のほか、電解質の喪失であることに異論はなく、特にナトリウムとカリウム、カルシウムとマグネシウムのバランスが大事である。水分の補給はなにも熟中症予防を意図したものではなく、本来はプレーのパフォーマンスの低下を防ぐのが目的である。1時間以内のプレーならミネラルウォ一ターで充分であるが、それ以上長時間に及ぶ試合ではスポーツドリンクがより有効で、胃の負担や吸収を考慮して、スポーツドリンクと水を半々に飲むように推奨されている。
筋肉痙攣の予防で重要な事柄は日ごろの食餌で、ナトリウムは意識しないでよいが、カルシウムとマグネシウム、カリウムに富んだ食品を摂取することである。そのためには厚生労働省が健康づくりの栄養指針として発表しているように、1日に30品目、1週聞に100品目の食品を摂取するように心がければバランスの良い食餌となる。
最近巷にはアミノ酸製剤などのサプリメントが氾濫しているが、運動に関しての効果は科学的に立証されていないものが多いので留意されたい。漢方薬の芍薬甘草湯は医薬品として痙攣の治療に有効であるが、予防的にプレー前に服用して良いものではない。
こむら返りが起こったら、現場でふくらばぎを強く伸ばすストレッチを施せば回復するが熱中症としての筋肉痙攣は全身に波及する危険があるので、速やかに点滴などの医療が必要である。